家族と離れて見つけた、もう一つの家族【ADDress会員インタビュー】山田賀子さん

「もう夫と一緒にいるのは難しいかなと思ったんです」今回お話を伺った山田賀子さんは、ADDressを始めたころの自分をそうふり返ります。当時、山田さんは家族との別居を考えていました。彼女は家を出ていく側でした。

半ば勢いでADDressを始めたものの、山田さんにはひとつ大きな不安がありました。それは周りとうまく馴染めるかというものです。

彼女にはアドレスホッピングという生き方が、年齢も価値観もかけ離れた別人種の世界に思われたのです。そして事実、最初に訪れたいくつかの家では家守や会員とうまく話せない日々が続きました。

しかしADDressを始めて1か月ほどが過ぎた夏。山田さんは神奈川県の鶴巻温泉という土地を訪れました。

その場所で彼女が出会ったのは、もしかしたらもう縁のないものとすら考えていた人間の温かさでした。その温かさのなかで、彼女は新たな家族のような存在とひとつの生きがいを手にしていくことになります。

その展開を、山田さんはいまだに信じられないといった驚きとともに「ADDressマジックです」と語ります。

今回、家を出てから現在に至るまでのADDress生活について伺いました。

置き手紙を残して、家出をした

――― ADDressを始めたきっかけは何ですか?

夫婦関係に変化があったんです。お互いへの不満が増え、感情がピークになったときは私が家を出てビジネスホテルに泊まることが増えました。それでもう一緒に暮らすのは難しいかなと思って職場近くのシェアハウスを探し始めたんです。そのときに検索にADDressが引っかかり「なにコレ」と気になってしまって。

ADDressをやることは家族には伝えず「一緒にいられません。出ていきます。」という置き手紙だけ残して、家を出ました。とりあえず雨風をしのげるところが欲しかったんです。それが2022年の6月でしたね。

――― なるほど。そのときは完全に家を出ていくつもりだったんですか?

いやたいした決意はしてなかったんだけど、気がついたらそうなっちゃいました。

でも、ホッピングにどんな荷物が必要かも分からず家出をしてしまったので、洋服などを取りに帰らなきゃならないときもあります。その場合は夫に連絡して駅まで届けてもらってました。

アドレスホッパーは自分とかけ離れた存在だった

――― 半ば勢いでADDressを始めたという印象を受けましたが、始めるにあたって不安はありました?

たくさんありました。そもそも多拠点生活のサービスなんていままで聞いたこともなかったので、本当に存在するのかなって疑っていたくらいです。調べているうちに見つけた、会員の方が撮った拠点動画を観て、やっと現実味が湧きました。

それでも不安はたくさんありました。まず、予約などのシステムを自分が使いこなせるのかという。私はいわゆる情報弱者で、パソコンとかiPhoneは一度も自分で買ったことがなく、設定も含めていつも夫にやってもらっていたんです。だからADDressからメールで電子契約書が送られてきたときも、なんじゃこりゃ、って。

それに、住所をもたずにリモートで働くアドレスホッパーと聞いて、とても意識の高い若い人たちに思えたんです。私はずっと介護の仕事をやっていたから、人種が違うかもって。だからせいぜい皆様方の邪魔をしないようにと思っていました。

別居を始めたらもう戻れないかもしれない

あともうひとつ不安だったことは、別居を始めた夫婦が元の状態に戻る確率は統計的にかなり低いらしいということなんです。勢いで家を出てしまったけど、これまで一番大事に培ってきた信頼とか絆を元に戻れないくらい壊してしまうと思うと、はたしてそれで良いのだろうかという葛藤がありました。別居をすることは、結果的に自分の首を絞めることになるのではないだろうかという不安もありました。

――― 別居しないという選択肢もあったんですか?

もちろん私の対応がもう少しまともだったらここまでこじれなかったかもしれないという想いはあります。私がもっと我慢してたら、もっと家族への対応を考えていたら、って。

それに80代になる母に、これから別居してADDressを始めることを伝えたら「アドレスじゃなくてホームレスじゃない」なんて怒られてしまって。

――― なかなかズバッと言いますね。

母の意見としては「悪口を言った・言わないくらいならば、さっさと謝って嫁として母として家に戻るべきだ」ということなんですね。私も人の親なので理解できる部分もあったんですが、そうはいってもいまさら家に戻れるわけでもなくて。

でも今では、私がADDress生活で楽しそうにしている写真を見せたら母も笑ってくれたので、良かったなと思います。

鶴巻温泉で見つけたあたたかいコミュニティ

――― ADDress生活では主にどのあたりを周っていたんですか?

通いの介護の仕事を週4日パートでしている都合で、通える範囲の神奈川・東京の家をぐるぐる周っていました。職場の近くの家が予約できなくて、1時間以上離れた家に泊まったこともありました。

ADDressを始める前に不安に思っていたほど、若い方ばかりが多いということではなかったですが、交流する機会はほとんどありませんでした。挨拶をする程度です。たまに皆さんが共用部で会食されていることもあったんですが、なんとなく参加するのもはばかられてしまって。

でも7月ごろに初めて滞在した鶴巻温泉A邸(神奈川県秦野市)は雰囲気がガラッと違いました。

(鶴巻温泉駅前の風景)

――― 鶴巻温泉A邸はどういう雰囲気だったんですか?

家守の修平さんがいろいろと声を掛けてくれたんです。ADDressの使い方とかを丁寧に説明してくれて。

それに、私が仕事から帰ってきたら、若い会員の方が「夜ご飯、一緒にどうですか?」と誘ってくれて。いやいや私が平均年齢一気にあげちゃいますけどいいんですか、と思ったりもしたんですが参加させてもらったんです。それが初めて会食に参加させてもらったときでした。

――― たしかに鶴巻温泉A邸は交流しやすい雰囲気がありますよね。

いやぁ、こんな状況が自分の人生にあるとは想像もしていませんでした

私は高齢者の介護をずっとやってきたので、若い人と話す機会はほとんどなかったんです。ましてや他業種の方と話す機会はまったくなくて。だけど鶴巻温泉A邸では若い方や仕事の異なる方たちといろいろとお話しできました。

――― どういった話をされたんですか?

若い方は結構ストレートに「山田さん、どうして家出しちゃったの?」って訊いてくるんです。それで私も、数日後にはお互い旅立つ身ということもあって、あけすけに答えてしまったり。

――― そういうサバサバ感をADDressユーザーから感じることは多いかもしれません。

A邸のあとは鶴巻温泉C邸に泊まりました。誘われたお食事の席では、別居や離婚のご経験がある会員さんたちが具体的なアドバイスをくれました。そういった話を聞いて少し肩の荷が降りたところはありました。

のりこ食堂という、仕事以上の生きがい

――― 鶴巻は境遇をわかり合える人もいるし、若い人も話しやすいし、居心地がよさそうですね。

私もすっかり鶴巻に来ることが増えました。夏に鶴巻ABC(※B邸は現在閉鎖)をずっとぐるぐる周っていたんですが、そんな私を見て会員さんが「そんなに鶴巻にいるんならドミ入っちゃいなよ」って言ってくれたんです。

それでちょうど空いていたA邸の女性専用ドミに昨年の11月に入りました。いまは他に利用者はいないので一人で使っています。(参照:専用ベッドプラン

――― ドミに入ってから生活は変わりましたか?

すごく変わりました。鶴巻A邸でのりこ食堂というものをやるようになったんです。私が料理を作って、それを会員の方にふるまうというものです。(※のりこというのは山田さんのお名前です)

もともとは私がいつも自炊をするので、ご相伴したい方がいたら一緒に食べましょうということだったんです。それがあれよあれよという間に、いまでは最大で15人くらい来ちゃったり。ときには地元の方も来ます。

11月から始めたので、これまでで延べ100名くらいには料理をふるまっているかもしれません。

――― 展開が早いですね。どういう流れでそこまで広がっていったんですか?

私がたまに料理をふるまっているのを見て、あるデザイナーの会員さんが「山田食堂とかやっちゃいなよ」と言って、私がつくったひじきを食べる動画を勝手に撮り始めたんです。

最初は若い方たちのおふざけだろうと思って見ていたんですけど、しばらくしたらその会員さんが素敵なロゴを作ってプレゼンしてくれたんです。もうこれはいわゆる才能の無駄遣いですよね

でもそのロゴがあまりにも素敵だったので、私も乗り気になってきてしまって。他にも、また別の会員さんがのりこ食堂のオープンチャットを開いて、メニューを告知する仕組みをつくってくれました。まさにADDressマジックという感じなんです。

――― 家を出た当初は、まさか人のために料理をすることになるなんて想像できなかったですよね、きっと。しかも100名分も作るなんて。

まったくまったくまったくです。家出をしたときは、自分がなにを食べるかすら考えられませんでした。作るとしてもあくまで自分のためだけの簡単なものばかりで。

でもそれがいま、のりこ食堂ではみんなに私の料理を喜んでもらえている。それは実を言うと、仕事以上に生きがいになっちゃったというところがあります…

周りから受け入れてもらえることの幸せ

――― ドミに入ってから4か月ほど経ちますが、鶴巻でお出かけしたりということもありますか?

実は休日は部屋でゴロゴロしていることが多くて、鶴巻の情報があまり分かっていないんです。あまり大きい声では言えないけど、鶴巻温泉という地域なのに近くの温泉にも行ったことないんですよ。

でも、修平さんが管理している梅林で焼き芋を作ったり、修平さんの知り合いの農家さんのキウイ畑でキウイを何百個も収穫したりということがありました。

あと週に2回、朝市に行っています。土曜日は駅前で、水曜日は駅近くの駐車場で、鶴巻近郊で採れた野菜などが直売されているんです。形がいびつな代わりに、お値段がとても安いんです。

――― 今後は鶴巻A邸のドミに引き続き滞在していくんですか?

そう考えています。ADDressを使い始めたら、家族とは距離を置きたくなりました。

私の態度や性格などに家族から意見をたくさんもらいました。ただその意見は自分自身のイメージとは隔たりがあり、到底受け入れられませんでした。でもADDressではその悩みがないんです。みんなから受け入れてもらえる状況の幸せをすごく感じています。誰からも否定されないってこんなに快適なんだなって。だから家族とはいまの距離感でいたいと思うんです。

――― 最後にADDressを始めるか悩んでいる方にメッセージをお願いいたします。

家族と上手くいかないことについて、以前は自分の考え方や価値観を変えればいいのだと思っていました。私の本棚にも『置かれた場所で咲きなさい』なんていう本があります。家族と上手くいかなくたって空は青いし季節は移ろう。家族という与えられた場所で自分なりの幸せを見つけて生きていました。

けれど、ADDressはそんな私の考えを払拭してくれました。「置かれた場所で咲かなくてもいい」んです。私は植物ではないのだから。いまでは私の考え方や価値観に合う場所を見つけて、伸び伸びと生きることができています。

家族のことで悩んだとき、ホテルと違ってADDressならお値段も安いし、場所によっては話も聞いてくれます。悶々としているのであれば環境を変える一歩を踏み出してみるのもいいのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

佐伯 康太

神奈川県横浜市出身。 ADDressで日本をざっくり一周し、ご縁のあった静岡県川根本町へ春から移住。町の場づくりに関わりつつ、本を売ったり文章を書いたりします。好きなものは形のいい松ぼっくりです。よろしくお願いいたします。