少し離れたところから、静かにあたたかく見守る【ADDress家守インタビュー】伊那A邸 齋藤さん

ADDressの特徴は均質化されていない滞在体験。

観光だけではなく、家守やその土地にいる方々、同じようにさすらう会員同士の偶然の出会いから始まる交流の楽しさ。

家々の個性や偶然性を楽しむことこそが、このADDressのサービスを満喫するコツです。

家の個性を形にする、家守の存在。

今回ご紹介するのは、長野県伊那市にある伊奈A邸の齋藤さんです。

南アルプスの麓に位置し、空と山々が見られる伊那A邸は、すぐ裏を電車が走り、駅からも高速バスターミナルからも徒歩1~2分というアクセスが便利な場所。

齋藤さんは地域おこし協力隊として2014年に伊那に移住し、伊那A邸2階にある「街宿MILLE」というゲストハウスを運営しながら、起業支援やメンタルコーチとしても活動されています。

多業を営む齋藤さんはコーチとしての観察力を活かしながら、ディレクターとして人やコトをつなぎます。どのような人生を歩んで今に至っているか、お話を伺いました。

東京で働いていた時、アウトドアで過ごす「週末の自分」が本当の自分だった

ADDressができる前から、実はご縁がありました。ADDressの取締役である桜井さんが伝統工芸に関心をお持ちで、和傘の「阿島傘」に興味があると連絡をくださったのがきっかけです。そのときは伊那から車で1時間ほどの喬木村(たかぎむら)にある阿島傘の工房をご紹介しました。

その後、ADDressを立ち上げようとしているという話を聞き、「関係人口を増やす」という考え方にも共感して、家守として申し込みました。そのご縁で長野県第一号の家として2019年9月にオープンしたのです。

もともと伊那A邸でもある「街宿MILLE」というゲストハウスを運営していたので、家守を始めて驚くようなことはありませんでした。

伊那は日本アルプスや八ヶ岳にアクセスしやすいロケーションなので、登山好きな方がよくお越しになります。上高地にもここからバスで1時間くらいで行けますよ。南アルプスの山小屋で平日働いているスタッフも、土日に「街宿MILLE」に来て滞在しています。

伊那に来たのは、ほぼ偶然なんです。2014年当時、会社の上司に「半年後には、東京を出ようと思います」と伝えたところ、数か月後に「伊那で地域おこし協力隊を募集しているよ」と教えてくれましてね。

就業条件が週24時間勤務、副業や多拠点勤務OK、市長との雇用契約で活動できる、と聞いて良い案件だと思ったので応募しました。

環境心理学なども学んでわかったことなのですが、私のパーソナリティでは「空が広い場所」でないとストレスが溜まるのです。

若いころ、東京で働いていたときは週末はアウトドアで過ごしていました。満員電車も苦手で、早朝の電車に乗って7時にはオフィス近くにつき、近くのカフェで会社が開くまで待っているような状態でした。

当時、週末の自分が「本当の自分」で、平日の自分は「食べるために我慢している自分」だったんです。

けれど、東京を出て仕事があるかわからない。当時、地方で仕事をするには農家か漁業のような第一次産業しかないと思っていました。

ひどい偏見ですけどね。

それを覆したのは、2011年の震災復興支援のボランティアに行った経験でした。あの経験で、価値観が変わりました。

震災復興支援をきっかけにキャリアチェンジをした

新卒時代まで遡ると、もともと紙媒体の編集から仕事を始め、その後フリーになり、WEBサイト企画や制作、ディレクションと幅を広げてきました。

2011年4月ごろは震災の後で原発の問題が懸念され、さまざまなプロジェクトが休止になったのです。私が関わっていたものもいくつか休止して時間ができたこともあり、復興支援の活動に参加することにしました。

避難所のニーズ調査から仮設住宅のメンタルケア、自殺防止支援、地元中学生の学習支援など、2013年ごろまで2年ほど支援に関わっていたので、さまざまな活動に参画しました。

(復興支援当時の様子)

長い期間ボランティアとして携わっているうちに、移住して起業する周囲の人たちが何人か出てきました。

地方で起業する?しかもこんな状況下で?と驚きましたが、そんな選択肢もあるんだと視野が広がりましたね。

そして地方でも仕事はできる、と確信しました

地方にはスペシャリストがいるのですが、縦割りになっていてその人たちをつなぐ役割の人がいないのです。人と人、人とコトをつないで価値を高めるような役割ですね。

私はディレクターとして、例えばサイトを作るのにデザイナー、プロモーター、エンジニア、ライターなどスペシャリストを集めたり、創業支援としてフリーランスやコネクションを使って必要なリソースを集めるようなことをしていましたから、自分が今までやってきた経験が活きると思い、キャリアチェンジをしようと決めました。

復興支援ではもう一つ、メンタルコーチを始めるきっかけもありました。

避難所の外にテントで作ったお風呂とカフェが併設された場所があったのですが、そこで「国境なき医師団」のメンタルドクターがボランティアのようなことをしていたんですね。

目的は、リラックスできるバスタイムの後でも深刻になっているような、ケアが必要な人を見極めるため。

その医師と話したことがきっかけで、メンタルケアをする仕事を知りました。東京に戻った時に学び、今はメンタルコーチとしてパートナー達に対して、傾聴や対話から彼ら、彼女らの願いを言語化したり、目標設定やその達成を支援し、伴走をしています。起業支援にしても、地域おこしの活動にしても、メンタルコーチの技能は全ての仕事の土台になっている気がします。

復興支援に行った2年の体験で価値観が変わり、今に至っています。

マルシェで地域の中での関係性を繋ぎ直す

伊那市役所・商工観光部の方々が、私が動きやすいようにと協力してくれたこともあり、地域おこし活動に入って3か月後には伊那市に「課題設定が誤っている」と伝え、取り組む内容の変更を提案することができました。

端的に言うと、空き家や空き店舗に無理くり誰かをいれてその個人の努力頼み(で自己責任)という市街地再生ではなく、パートナーとしての市民や旅行者の視点から考える新しい街の未来を考えよう、ということです。

そして、今でいうところの「関係人口創出」というのを始めました。地域経済を循環させ、その為のポテンシャルをいかに一人一人から引き出すか。そこが大事なんです。なので、いわゆるフロンティアとして国のヒアリングを受けたり、今でもその経緯や現在の講演や研修の依頼を受けてもいます。

(伊那で開催したマルシェの様子)

例えば僕が2014年に事務局としてスタートアップを支援した朝マルシェは予算もわずか9000円からというものでしたが、お客さんは100名以上来てくれました。

想定外だったのは、有機野菜のマルシェなので意識高い人たちが来ると想像していたところ、実際には小学校ママがお子さんを連れて訪れたこと。

お母さんたちは、休日にも朝ごはんを作らないといけない。その手間をはぶき、子供たちを遊ばせながら、お母さん同士も会話できる場所として、マルシェは使われたんです。嬉しい誤算でした。

9年目となる今年も朝マルシェは元気に続いています。僕は3年目からただのお客さんになりましたが、街の人々が主体的に運営をして、工夫をしながら、楽しく続いています。朝マルシェ自体が自走し、街のカルチャーに進化してきているのではないでしょうか。開催は6~10月の最終日曜日。皆さんにもぜひ現場にお越しいただけると幸いです。

私がやったことは、縦につながっていた農家や飲食店を横につなげて行政との関係性も構築し、その人々の経験や勇気にちょっぴり貢献したこと。まさにディレクターの役回りの仕事でした。

いつの間にか相談に乗っていることも

新しい観光の概念は、「変な化粧をしない」ことだと考えています。

だから、ADDressで訪れた会員にもフラットに接しています。お客さんというよりは、友人知人と同じように。

もちろん、やりたいことに沿って情報提供もしますよ。

ADDressの会員はライフスタイルを模索したり実験されている方も多いので、夜など話をしているうちに、いつの間にか相談に乗っていることもあります。

メンタリングコーチとして話を聞くときは、その人の目の前の課題ではなく、もっと奥深くの「どんな生き方をしたいか」を意識できるように支援しています。

ある会員は、何度かの相談に乗った後、転職してスタートアップに行きました。

古き良き日本の文化が感じられる町、伊那

伊那の魅力は、日本アルプスなど登山の足掛かりになることと、古き良き日本の文化が感じられること。

(春日公園から見下ろした伊那の街)

伊那A邸から徒歩10分くらいの場所に、小高い丘の上にある春日公園があります。見晴らしがよく、伊那の街並みを見渡せます。伊那の春は「高遠の桜」が有名ですが、この春日公園でも楽しめますよ。

(うしおのローメン。定食でも食べられます)

羊の肉を使った太めの蒸し麺の焼きそば「ローメン」がご当地料理として有名です。お越しになったら一度お試しになってみてください。うしおのローメンが有名です。

伊那A邸から徒歩2分の「いたや」では、馬刺しや桜鍋、おたぐり(馬肉のもつ煮)といったヘルシーな馬肉料理を食べることができます。

(「ひらり」のおばんざい。家庭的で飽きのこない味です)

また、この地域は地元出身の若い女性が頑張っています。

小さなカウンターのお店を構えたり、お茶をお洒落にして売り出したり。

伊那A邸の2軒隣にある「ひらり」は5人のお子さんを持つお母さんが切り盛りするおばんざいやさんです。

(ひらりの女将さん。お子さんもお店を手伝っています)

カウンター越しに女将やママと話をしながら飲んだり食べたりする。

そんな昔ながらのお店を楽しめます。

地元の若い女性が成功する姿を見て、「私にもできるかも」と周囲も影響を受けて活気が出てきていると感じますね。

都会から来た人が成功しても「例外だから」と捉えられてしまう傾向がありますが、地元の人の成功は他の人にとっても刺激になっています。

私が意識しているのは、持続する組織になるように、「誰かがいないと回らない」を極力避けること。その意味で、先のマルシェもそうですが、ADDressの家守も、私がサブの役割になるくらいで徐々に受け継いでいきたいと思っています。

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取材の翌日、伊那A邸では「ラーメンナイト」が開かれました。

同じ地域おこしの仲間として親交がある飛騨で、ラーメンの大量キャンセルが出たので買い取ってみんなで食べようという趣旨の会。

地元の方も数名集まり、飛騨ラーメンにトッピングをして交流を楽しみました。

そんな中、齋藤さんはもくもくと麺を茹でてゲストに提供していました。

集まった人々が交流を楽しんでいる間、少し離れたところから静かにあたたかく見守っている様子の齋藤さんは、私から見て「森に住む番人」のような人。

出しゃばるところがなく、必要な時に一歩進んで手を差し伸べるような存在に感じます。

コーチに最も大事な資質は「観察力」だとか。

鋭く観察していることを気付かせないくらいナチュラルに、悩みを解きほぐし、ヒントをくれます。

何を隠そう、私も齋藤さんに相談に乗ってもらった一人。

自分一人ではたどり着けなかった解を、お土産にもらいました。

この記事を書いた人

高石典子

2020年8月~2年間ADDress会員として、月の半分はADDressの家を巡り、半分は自宅で過ごす。HR業界が長く、キャリア支援&ライターの仕事に従事。高校・大学生の2人の子の母でADDress利用時は母親業もフルリモート対応。喫茶店での読書と銭湯後の一杯が至福のひととき。インタビュー執筆では「その人にしかない魅力を引き出すこと」をモットーにしています。