「二拠点生活」と一口に言っても、そのかたちは人それぞれ。ADDress会員 伊神花織さんの場合は、そのスケールが少し違います。バイクで約1年かけて日本一周。その後も旅の暮らしを続けて3年目。そしてこの11月からは、山形と静岡を行き来する新しい暮らしを始めます。

日本一周の旅は、いまの暮らしにどうつながったのか、お話を伺いました。

秋田 男鹿のナマハゲ

「この人たちと、人生が1ミリも交わらない」

伊神さんは名古屋出身。20代後半から30代前半までの約7年間を東京で過ごし、企業の学校教育支援に特化したコンサルティング会社で働いていました。東京を出ようと思った理由は、2つあったといいます。

伊神さん「東京に住むためには、結構働いていないと生活を維持できないんですよ。せっかく東京にいるのに、東京を楽しむ時間より、東京に『ひとまずいるだけ』のために働く時間の方が多すぎて。これって本当に東京にいる意味あるのかな、と思ったのが1つ。

もう1つは、毎日の通勤で渋谷を通っていたときのこと。あの人混みの中で、『これだけ人がいるのに、私はこの人たちの人生と1ミリも交わらない時間を、一生ここで過ごしていくんだな』と思ってしまって。東京が嫌いになったわけじゃないんです。楽しいものもたくさんあったけど、自分としてはもうお腹いっぱいかなって。」

コロナ禍の田舎町で、日本一周を決めた

東京を出た伊神さんは、静岡県の町で地域おこし協力隊に。もともと「高校教育に関わる仕事がしたい」という思いがあり、生徒数の減少に悩む地域の高校を県外からの入学生の受け入れで盛り上げる「高校魅力化コーディネーター」の募集に手を挙げたのです。

地域おこし協力隊として活動中の様子

ところが着任のタイミングは、コロナ禍とほぼ重なりました。

伊神さん「私が住んだ町は人口5000人ほどで、感染者が約1年間ずっとゼロだったんです。『移住者が(感染者の)1人目になっちゃいけない』というプレッシャーがすごく大きくて、東京にも、名古屋の実家にも帰れない。ずっと町にこもらなきゃいけない。このとき『任期が終わったら日本一周の旅に出よう』と決めました。」

日本一周は「いつかやりたいこと」ではありましたが、その「いつか」を一気に引き寄せたのは、コロナ禍の町に閉じ込められた日々の反動。行動できるタイミングは、思いがけない形でやってきました。

思い出したのは、5年前に出会っていたADDress

では日本一周旅の宿はどうするか。そこで思い出したのが、東京時代の記憶でした。当時からバイクで週末旅行をしていた伊神さんは、栃木・益子A邸にゲストハウスの一般客として泊まったことがありました。

伊神さん「そのとき、隣に泊まっていたのがADDress会員の方だったんです。『月4万円で泊まり放題のサービスで来てるんですけど、知ってます?』って。ええ、それめっちゃいいですね、自分もいつか使えたらいいなって、そのとき思っていたんです。

それで日本一周するにあたって、一番費用を抑えられるのは……そういえば月4万円で行けるって言ってたな、と思い出して調べました。始める直前にチケット制に変わってしまいましたが(笑)」

旅の間の仕事は、もともと勤めていたコンサルティング会社からタイミングよく業務委託で仕事を受けられることになり、フルリモートで働きながら旅をする体制を整えました。

こうして伊神さんは、宿泊は基本ADDressという前提で、1年間の日本一周へ出発しました。1年目の記録は、延べ268泊・38都道府県。北海道から石垣島まで、文字通りの日本一周です。

北海道
福岡
石垣島

一周のあと、一度は「定住」してみた

旅は伊神さんに、次のテーマも連れてきました。

伊神さん「ずっと教育分野をやってきたけど、旅をする中で、畑や田んぼのある日本の原風景を残すために、自分にできることはないかなと思うようになったんです。農家になりたいわけじゃなくて、農家さんを支える何かをやれたらいいな、と。そういう話を旅先でいろんな人にしていたら、『ここで働かない?』と紹介してくれる人がいて。」

日本一周中に見た長崎の景色

紹介されたのは、茨城県鹿嶋の農業法人。週の半分は農業法人で働き、半分はコンサルティング会社の業務委託としてリモートで仕事する生活を4ヶ月続けました。日本一周を終えての、初めての「定住」です。しかし。

伊神さん「鹿島は、街の規模はそれなりに大きくて生活には困らないんですけど、東京とかどこに行くにも遠い。働き始めると、休みがあっても連日旅をするようなことはできない。そういう生活をしてみたら、『あ、もうダメだ。全然じっとしていられない』という感覚になって。」

受け入れ先の事情も重なって仕事は終了。リモートの仕事があるから収入はゼロにならない——伊神さんは、再び旅に出ました。今度はADDressにこだわらず、テレワーク補助など、世の中のいろんなサービスを組み合わせる旅の暮らしが、そこから2年続いています。

伊賀A邸の家守 百中さんと乾杯

2度目の旅。行き先は、「また会いたい人」で決まる

一度全国を回った伊神さんに、2度目以降の旅先はどう選んでいるのか聞きました。

伊神さん「前に泊まった場所で、『もう1回会いたいな』と思った人がいるところですね。ADDressで言うと、また会いたいと思った家守さん(※家の管理人)のところは結構行ってます。徳島の美馬A邸は、もう何度もリピートしてるし。」

石垣で出会った会員さんと北海道の道の駅で偶然再開することも!

一方で、旅の暮らしは3年目。「そろそろ、もう少し落ち着いてもいいかな」という気持ちも、生まれ始めていました。

そして始まる、山形と静岡の二拠点生活

そんな伊神さんが今年11月から始めるのが、山形と静岡を行き来する二拠点生活です。きっかけは、旅の中で知った「マルチワーク(正式名称:特定地域づくり事業協同組合制度)」という働き方でした。

ひとつの組合に所属して、組合員であるさまざまな事業者の仕事を担う。ひとつの会社ではなく、地域に「就職」するような仕組みで、国の制度として各地に広がりつつあります。伊神さんは山形のある町の募集に出会い、実際に現地を訪ねて話を聞き、この町で働くことを決めました。

山形県小国町のマルチワーク おぐマル

とはいえ、鹿嶋で経験したとおり、ひとつの町に腰を据える暮らしは自分に向いていない。その点マルチワークは、働き方の組み立てに融通が利き、まとまった休みを取ることもできます。そこで選んだのが、休みのたびにもうひとつの拠点へ帰る二拠点生活でした。その拠点が、静岡——地域おこし協力隊で暮らした、あの町です。

伊神さん「日本一周して、いろいろやった中で、やっぱり静岡が好きだなって思ったんですよ。ここは自分の1つの拠点として置いておきたいなって。」

さらに西には、徳島と岡山にも「ただいま」と帰れる場所があり、ときどき顔を出します。

伊神さん「家を借りているわけではないけど、町の人たちとの交流がある場所ができつつあって。お祭りに呼ばれて、そのタイミングで帰って1〜2週間滞在するような感じです。」

山形で働き、静岡に帰り、徳島と岡山に「ただいま」と言う。日本一周を「やり切った」人がたどり着いた、身軽で納得感のあるかたちです。

「もっと遠くへ行ってほしい」

伊神さんが今回インタビューに手を挙げてくれた理由のひとつは、同じように旅をしながら働く仲間と、もっと出会いたいからだそうです。

伊神さん「私が日本一周していた頃は、リモートで仕事をしながら回っている会員さんがまだ結構いて、皆さんひとつの家に3日から1週間くらい滞在するので、自然と交流する機会も多かったんです。最近は、そういう方に出会う率がすごく減ってしまって。

九州や中国地方にも、せっかく良い拠点がいっぱいあるのに、来る人が少ないのはもったいない。週末は埋まっても、平日は空いている家も多いんですよ。働き方の問題だから難しいかもしれないけど、山梨と長野を飛び越えて、もっと遠くに行ってほしい。そして、そういう人たちとまた拠点で出会えたら嬉しいなって。」

石垣B邸で家守さんや会員さんと乾杯!

日本一周の先に見つけた、自分のかたち

1年かけて日本一周をやり切ったからこそ、伊神さんは自分に合う暮らしのかたちを見つけられました。その土台にはADDressがあり、農業との出会いも、「ただいま」と帰れる町も、旅の中から生まれたものです。

そして伊神さんは今も、ADDressを使いながら、次の暮らしへ向かっています。11月から始まる拠点と拠点のあいだをつなぐ旅にも、きっとADDressの家があるはずです。

現在の伊神さんのバイクにはウクレレが。「スナフキン的な要素を追加しています笑」

伊神花織さん

名古屋出身。企業の学校教育支援に特化したコンサルタント。静岡県での地域おこし協力隊を経て、バイクで約1年かけて日本一周。旅の暮らし3年目。2026年11月から山形と静岡を行き来する二拠点生活を始める。

ADDressでの二拠点生活について、こちらのページで詳しくご紹介しています。二拠点・多拠点を知り尽くしたADDressスタッフのおすすめの家や、会員さんのインタビュー記事など、ぜひご覧ください。