地方の「ひと言でくくれない」人々に魅せられて【ADDress会員インタビュー】久保木さん

2022年の夏、久保木亮さん(37歳)は実に身軽に旅立ちました。荷物は30Lバックパック一つ。移動手段はロードバイク。千葉の自宅はすでに解約してありました。

私が出会ったADDress会員のなかでは、かなり極端なスタイルを取っていると言えます。私はインタビュアーとして、彼の振りきった身のこなしについていくつか質問をしました。

しかし久保木さんはそういった自分について、つまり家を解約しわずかな荷物とロードバイク一台だけで旅をする自分について「なんて自分が普通の人間なのか」とはにかみながら語るのです。

久保木さんのその想いは、地方を周る旅のなかで一層ふくらんできたようです。彼の言葉を借りれば、こちらの想像を悠々と超えてくる「変態」が地方にはたくさんいたというのです。

そして彼らとの出会いは久保木さんの目指すべき在り方の道しるべとなっているようです。

ADDress生活を通じて、久保木さんはどのような変態と出会ったのでしょうか?そして自らの普通性と、どのように向きあうことになるのでしょうか?久保木さんのADDress生活についてお話を伺いました。

旅生活に向けて、設計士の仕事を調整した

――― お仕事は何をされているんですか?

新卒からハウスメーカーに勤めて住宅の設計士をやっていました。大学も建築科だったので、仕事もそのまま建築系へ進んだんです。

その会社には9年ほど勤めましたが、2020年に独立して設計事務所を始めました。三日月アーキテクツという事務所です。

もとから独立志向があったというわけではないんですが、ちょうどその頃やることがいくつか重なったんです。自分の妹夫婦が結婚して家を建てるにあたって設計を任せてもらえたこと、一級建築士の資格勉強をしていたこと、それに会社の仕事。

すべて回すのはできないのでどれか辞めなければならないとなったときに、会社を辞めてみようかなと。なので成り行きで独立したという感じなんです。

――― なぜADDressを始めたんですか?

独立して2年間くらいは事務所にこもって設計をしていて、外に出るのは現場に行くくらいという日々でした。

好きなことをしているので苦ではなかったんですけど、だんだんと旅行に行きたい欲が高まってきまして。もともと旅行が好きで、昔は国内外をいろいろ周っていたんです。

働きながら旅できる方法を探していたら、ADDressとHafhを見つけました。それでちょうどコロナも収束してきていた2022年の8月に両方のサービスを使って旅に出ることにしました。

――― 建築の仕事と旅生活は両立できるものなんですか?

たしかに現場の仕事を持っていると難しいかもしれません。実際に僕もそう思ったので、少しずつ現場をもたずにオンラインでできる仕事へ切り替えていきました。いまでは仕事の8割くらいはオンラインですることができます。どうしても現場に行かなければならないときは新幹線で日帰りで行くこともありますけど。

ADDressを始める前に自宅を解約した

――― いまは自分の家はもたれているんですか?

ADDressを始める頃がちょうど賃貸契約の更新時期だったので、そのまま解約しました。

――― 始める前にもう解約したんですね。

そうなんです。ADDressが合わなかったらどうしようかとは少し思いましたが、どちらにしても旅はしたかったので。いざとなればホテル暮らしをしていたかもしれません。

もともとあまり家への執着がないんです。ADDressを始める前、自分にとって家は寝るためだけの場所だったんです。連日東京や埼玉の現場に行くことがあると、家に帰らないということもありました。仕事はシェアオフィスやカフェでできますし、食事も基本的に外で食べることがほとんどでしたね。

そういう生活に慣れていたのは、もしかしたら大学の建築科の影響もあるのかもしれません。模型を作るために学校に寝袋を持っていって寝泊りすることがありましたから。家に帰らず出先で生活するという体質がもう身についていたんですね。

場所が毎日変わってもまったくストレスにならないんです。ルーティーンがはっきりしていると難しいのかもしれませんが、僕はルーティーンというものがほぼないんですよね。行き当たりばったりなところがあるのかもしれません。

自転車は街の散策にも長距離移動にも向いている

――― 久保木さんは自転車で移動されてますよね?

はい。もともとロードバイクを持っていたんです。旅に持っていく荷物が30Lのバックパックに収まったので、これなら自転車に乗れると思い、最初から自転車だけで移動することにしました。

といっても自転車で移動するのは、50km圏内のときです。50kmだと休憩しながらだいたい4時間くらいかかりますね。それより遠いときは普通に公共交通機関を使います。前輪と後輪を外して輪行袋に入れれば、電車にも乗せられるんです。

――― 自転車で移動することの良いところって何ですか?

スピードがちょうどいいんですよね。ゆっくり走れば、車だと通りすぎてしまうような街なかのおもしろいお店に気づくことができます。その一方で、歩くよりは速いし、長距離移動のときは車並みに飛ばすこともできる。その調整をできるのがいいなぁと。

あと健康のためにもちょうどいいんです。普段そこまで運動をすることがないんですが、自転車に乗って移動すると、週に1回くらいはハードな運動をすることになるので。

すべての生活荷物を背負っているので、立ち漕ぎをしていると、脚よりも先に肩に限界が来ます。荷物はバックパックひとつとはいえ、12kgくらいはあるので。

想像を超える変態的な人たちに気づかされたこと

――― 実際に半年ほど旅生活をされていかがですか?

始める当初に思っていたのは、地方の建築をいろいろ見たいなということでした。美術館などの公共建築というよりは、ゲストハウスや個人カフェ、シェアオフィスといった建物ですね。設計士という仕事柄もあって、どういう空間設計をしているのだろうということに興味があったんです。

でも、最近ようやく気づいてきたんですが、地方に行くと人が圧倒的におもしろいんです。カフェに行ったとして、もちろんいい感じの空間でご飯を食べることは嬉しいんですが、それよりもそこで出会う人がおもしろいんです。

――― 例えばどのような方と出会ったんですか?

神奈川県の真鶴のゲストハウスに滞在していたときに、真鶴駅の近くの雑魚番屋(ざこばんや)という居酒屋に行ったんです。漁師の大将と奥さんの二人でやっている小さなお店です。そこでアドレスホッピングというものをしていることを話すと、大将が調子を合わせて「俺も昔、ボートでアドレスホッピングしてたよ」って言うんです。真鶴から一人乗りのボートで出発して、行けるところまで行って、着いた港で漁師に声をかけて一泊お世話になって、と。そんな風にして北上して、北海道をぐるっと一周したんだそうです。

自分が自転車で旅していることも多少は珍しいことかもしれませんが、その比じゃないですよね。しかも彼のいまの趣味は山で動物の写真を撮ることらしいんです。もちろん写真のクオリティも高いです。あと刃物のマニアでもあるとか。もう情報量がすごいですよね。

地方を周っていると、自分の想像を超えてくる人がときどきいるんですよ。雑魚番屋の大将みたいな変態的な人が。自分がどれだけ普通なのかということを思い知らされました。それに、そういう変態的に何かを好きな人ってとても生き生きしているんです。自分もこういう変態になりたいなと思いました。

地方には人と関わる余裕が残されている

――― 地方で想像を超えるおもしろい人たちに会って、空間だけでなく人にも興味が湧いてきたんですね。そういう方との出会いって地方ならではなんですかね?

どうなんでしょうね。こういう言い方は語弊があるかもしれないけれど、自分は大企業で働いていたので、周りには堅実な方が多かったんです。特殊なことをしている人はあまりいませんでした。

もちろん都会でも街にはおもしろい方はいると思います。でも出会いづらいし、出会っても話さないですよね。人も情報も多すぎるから、ひとつひとつ立ち止まっていると疲れてしまうので。その点、地方だと人も情報も限られているから、関わりやすい。登山しているときにすれ違う人と挨拶することがあるじゃないですか。きっとあれと一緒なんですよ。もしその挨拶を東京駅でやりだしたらどこにも進めないですよね。

僕は自分からぐいぐい話しかけるのはあまり得意ではありません。東京の居酒屋で忙しそうにしている大将に話しかけることはきっとできません。でも真鶴だったらむしろ大将が暇そうに酒を飲んでいて、向こうから話しかけてくれるんです。

理想はひと言でくくれない人になること

――― 久保木さんにとって突きつめたいほど好きなものは何かあるんですか?

いまはハーブにハマっています。きっかけはあるADDressの会員さんとの出会いでした。もともと自分は登山が好きなんですが、以前一緒に山を登った会員さんに山野草イノベーターのあまたつ君という方がいたんです。一緒に歩いていると彼は「この葉はセンブリだから食べられるよ」みたいに教えてくれるんです。その影響で、登山からハーブへと趣味が広がっていきました。

いまは彼と上野原A邸(山梨県上野原市)家守の稲福くんと一緒に、上野原A邸の庭にハーブ園をつくろうと計画中です。建物は綺麗なんですけど、庭があまり手入れされていなかったんですよ。それで大家さんに相談したら許してくれたんです。なので上野原A邸には定期的に通って、みんなで石畳を並べたり、山野草を植えたりしています。他の会員さんにハーブティーを淹れることもありました。

――― 楽しそうですね。

あとは、将来的に自分も地域のための建築にコミットしたいと考えています。旅のなかでいろいろな建物を見るうちに、自分もゲストハウスをやりたいと考えるようになりました。設計士なのでもちろん設計はしますが、それだけでなく運営まで含めて自分でやりたいなと。

――― なぜゲストハウスだったんですか?

ゲストハウスって宿のなかですべては完結しないですよね。食事はついていなかったり、お風呂も近くの銭湯に行く方がよかったり。そのおかげで、泊まった人は自然と地元のいろんな店に行けるし、おもしろい人にも会うことができます。いわば街のなかで暮らすことになります。

僕も旅を始める前から、家で完結する生活というよりは街を広く使う生活をしていましたし、旅をして人のおもしろさに気づいてからは、一層そういう生活に惹かれました。なので他人にも提供していくことができたらいいなと。

――― いまでは「まちやど」と言われるような取り組みですよね。

ゲストハウスのオーナーでもありつつ、ゲストにハーブティーを出せたりしたらいいですよね。他にもジンが好きなのでクラフトジンを作ったりもしてみたい。

人間、ただ一個を突きつめていると分かりやすいじゃないですか。例えば、漁師として自分が釣った魚を店で出しているというだけならシンプルですよね。でもそうではなくて、野鳥も撮るし、刃物も好きだし、ボートで旅もする。そしてそれら一個一個のクオリティが高い。そういうひと言でくくれない人に僕はなりたいなと思うんです。

単に設計ができるからゲストハウスをやっているという、ストレートで分かりやすい人よりは、いろいろ好きなものを詰め込んでいきたい。いまは出会いのなかで好きなものを突きつめていけば、いつか点と点が繋がってくれるんじゃないかなと考えています。

――― 最後にADDressを始めるか悩んでいる方へメッセージをお願いいたします。

ADDressは友達づくりにすごくいいと感じます。

大人になると、仕事上の付き合い以外で新しい友人ってなかなか増えないなと思っていたのですが、ADDress生活を始めてからの数か月で、そこまで社交的なタイプではない自分ですら、友達が増えました。

それも小学5年生の子から70歳超えの大先輩まで、世代や地域を超えて色んな人と出会えるのが面白いと思います。

今はかなり安価に始められるプランもあるので、悩んでいる方はとりあえず始めてみてから続けるかどうか考えるのがいいのかなと思います。

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この記事を書いた人

佐伯 康太

神奈川県横浜市出身。 ADDressで日本をざっくり一周し、ご縁のあった静岡県川根本町へ春から移住。町の場づくりに関わりつつ、本を売ったり文章を書いたりします。好きなものは形のいい松ぼっくりです。よろしくお願いいたします。