滞在1日目で決めた佐渡島移住!22年間の生き方と向き合ったから掴んだ出会い【ADDress会員インタビュー】高橋さん

「移住となると、よく分からない」これが、1年間ほど多拠点生活をしている筆者の率直な感覚です。

分からないというのは、第一に移住先について。いくつもあった素敵な地域のどこにすべきか、あるいはまだ見ぬ一層素敵な地域があるのではないかと迷うことがあります。そして、第二に移住そのものについて。各地を周るほどに、見飽きたはずの故郷に新たな角度の光が差したりもします。

ゆえに、今回インタビューをした高橋ゆいさんは、最初私にとって不思議な存在でした。というのも、ADDressを始めてたった数日後にして、移住を決めたというのですから。

高橋さんは2022年3月にADDressを始めました。それはちょうど、2021年4月から新卒で1年間ほど勤めていた会社を休職したタイミングでした。せっかくの休みだから旅をしようと思ったと言います。

休職期間は3か月間ありました。復職するか、あるいは新しい道を選ぶのか。3か月後のタイムリミットまでに、旅をしながら、考えをまとめるつもりだったのでしょう。

転機は誰もが予想できないほどの速さで訪れました。ADDressを始めて数日後のことです。舞台は日本海最大の離島、佐渡島。わずか2拠点目として訪れたその島で、高橋さんは移住を決めたのです。

いったい佐渡島でどのような出会いがあったのか?あまりに鮮やかな決断はどのようにして可能だったのか?そのような内容を中心にお話を伺いました。

佐渡島での鮮やかな巡りあわせ

———— ADDressを利用された1か月のなかで、佐渡島に行ったのは何拠点目でしたか?

1か月だけしか利用していないので、全部で5拠点くらいしか行ってないんです。そのうち、佐渡島は2拠点目です。泊まったのは新潟佐渡D邸でした。家守の永田さんご夫婦が古民家を改修された家で、猫ちゃんが3匹います。

———— それが3月の前半のことで、6月には佐渡島で就職と移住をするんですよね。この3か月間の経緯を伺えますか?

すぐ終わりますよ。佐渡に着いた日は、どしゃ降りの雨でした。だけど傘を持っていなくて。佐渡D邸は最寄りのバス停から少し歩くのでどうしようかと困っていました。唯一人が見えたレンタカー屋さんで傘を売っている場所を訊ねると「近くには店がないからこれ使っていいよ」と傘を貸してくれたんです。

なんて優しいんだろうと思いました。その方が佐渡で出会った島民第一号だったこともあって、佐渡への好感度が爆上がりしました。

無事に傘を借りることができましたが、雨が激しすぎて結局濡れてしまいました。でも、雨のなかを歩きながらふと横を見たら、野生のトキを3羽も見れたんですよ。目が合ったあと、向こうもびっくりして飛んでいきました。

やっとの思いで佐渡D邸に着いたら、薪ストーブが焚かれていて、あたたかい珈琲を淹れてもらって、猫ちゃん3匹に囲まれて。もう天国でした。

そういった印象的な出会いが重なり、佐渡はいい意味で衝撃的だったんですよね。

———— 野生のトキもいるとは聞いていましたが、見れるのはなかなかレアですよね。

到着して一息ついたあと、家守の永田さんに近くのスーパーへ買い出しに連れて行ってもらいました。その足で、永田さんが「すぐ隣にクラフトビールの新しい店ができたから行ってみる?」と誘ってくれて。それが佐渡島でクラフトビールづくりに挑むトキブルワリーでした。当時はまだ自家醸造ビールの試験段階でしたね。

醸造途中のビールを飲ませていただきながら、代表の藤原さんと30分ほど立ち話をしました。いま休職して旅をしていることや、これからは地方創生に関わりたいことなどを話したら「地方創生をやりたいならうちで働くのはどうですか?」と誘ってくれて。藤原さんの語る佐渡島の未来にワクワクして、その場で「ぜひ一緒に働きたいです」と伝えました。藤原さんと相談して、休職期間が終わる6月からトキブルワリーへ転職することになりました。

これが移住を決めた経緯です。まだ佐渡島に着いた当日でしたね。

———— さすがにご縁を感じますね…。

仕事はオンラインでも可能とのことだったので、北海道の実家と佐渡の二拠点生活をすることにしました。藤原さんの紹介もあって、佐渡にいるときはHOSTEL perchに泊まっています。家具などは付いているので、引っ越しらしい大きな荷物の移動はせずに済みました。

東京へ出なければならないというムードに感じた理不尽さ

———— トキブルワリ―で働くことにした理由に、地方創生に関わりたいという想いがあったようですが、もう少し具体的に伺いたいです。

まず私は北海道の石狩の出身なんですが、地元がとても好きなんです。人口密度がちょうどいいんですよね。実家の周りをキツネが歩いたり、キジが飛んだりしています。車で30分ほど走れば札幌駅に行けるので、不便もないですし。地元ではなんだか人が生きている感じがするんですよね。

だけど、高校で札幌の進学校に通い始めた頃から、ある理不尽を感じ始めました。北海道を出て東京に行かなければならないというムードがあるんです。先生方も、受験指導に際して「道内は北大(北海道大学)しかない。みんな道外へ、そして東大(東京大学)へ行け」ということを平気で言います。私自身、その空気のなかで洗脳された部分もありました。ただ、いざ北海道を出るときに、離れたくないなと思いました。

なぜ東京に行かないといい大学がないんだろう。そう考えて辿り着いた理由の一つが、いい企業が東京に集まっているからなのではないかということでした。だから、もし北海道にも人気のある企業が増えれば、北海道の大学、ひいては北海道自体の価値も上がるかもしれない、と思ったんです。

北海道にいい企業をつくるために、企業を成長させる方法を身につけようと思い、新卒ではM&A事業を行う会社に入社しました。北海道の企業が成長する手助けをしたかったんですが、なかなか地方企業の案件は少なくて。藤原さんと会ったのは、その葛藤を感じていた時でもありました。

———— トキブルワリーは、佐渡と北海道で地域こそ違えど、高橋さんがやっと見つけた地方を輝かせるための活動なんですね。

病気を機に見つめ直した生き方

———— トキブルワリーの活動が地方創生への関心とぴったり合ったとはいえ、就職と移住を即決できたのはなぜなんでしょう?特に移住となると、なかなかハードルを感じる部分もありそうですが。

移住に関しては、あまり深刻に捉えていないんです。一度佐渡に移住したからといって、ずっと佐渡にいなければならないということでもないですし。将来は北海道に戻るかもしれないし、海外も好きなので外国に住むかもしれない。そういう考え方なんです。

とはいえ、かつての自分ならもっと深く考えてから決めたはずです。即決はしなかったと思います。でも、昨年の夏から年末にかけて摂食障害を患ったんですが、その時期がいままでの生き方とこれからの生き方を考え直すきっかけになった節があって。

———— いままでの生き方というと?

例えて言えば、トップダウン型でした。「いい会社に入ってバリバリ働く素敵な女性」という理想を手に入れるために、高校は地元の進学校に行き、大学は早稲田大学に行き、就職は目指していたM&A会社に入る、みたいな。

———— 目的が毎回絶対にあるということですね。

はい。そんな自分はしっかり者で偉かったなと思う半面、ちょっと窮屈だったなとも思います。実際に、理想を追い求めて選択を繰り返して行きついた先が、病気という絶望的な時間で。自分が半分死んでいたんじゃないかという時間が続きました。いま考えると鬱だったのかもしれません。身体もボロボロでした。そのときに、いままでの生き方ってなんだったんだろう、と思ってしまって。

だから、休職して旅をするとき、あまり多くを決め過ぎないことにしました。流れに身を任せて行き当たりばったりを楽しんでみよう、って。

猫ちゃんが気になるから佐渡に行ってみよう、永田さんに勧められたからトキブルワリーに行ってみよう、そうやって旅をした先の藤原さんとの出会いだったんです。

「うちで働きますか?」って聞かれたとき、まるで突拍子もないし、私はビールが特別好きなわけでもないけれど、藤原さんの話にワクワクする感情に素直に従ってもいいんじゃないかなと。

トップダウン型ではなく、ボトムアップ型ですね。いまやりたいことを積み上げていって、それがなんらかの形で未来に繋がっていく、という生き方をこれからはしてみたいなって。だから、あの場で即決できたんだと思います。

佐渡島の魅力を味わい発信する移住生活

———— 今年の6月にトキブルワリーで働き始めて、もう6か月ですね。新生活はいかがですか?

仕事面で言うと、働きやすさを感じています。小さな会社なので、1,000人規模の会社と比べて、誰が何をやっているかがよく見えるんです。

業務はマーケティング周り全般を担当しています。肩書きはコミュニティマネージャーといいますが、トキブルワリーとうちのビールを飲んでくれる人を繋ぐことはなんでもやる仕事です。なかでもイベントの企画運営が多くを占めていますね。

前職とは業務がまったく異なるので、その意味で大変さはありますが、地域の魅力を発信できているという意味では満足しています。

———— クラフトビールの発信だけではなく、佐渡島自体の魅力も発信できているという実感があるんでしょうか?

そうですね。先日は東京で、佐渡島のお店が集まってイベントをしました。佐渡島をそもそも知らないお客さんも多いのですが、島の話をするなかで「めっちゃ楽しそう!」「絶対行きます!」って言ってくれて。地道ですけど、佐渡島の魅力を伝える瞬間が仕事のなかにたくさん散らばっています。

———— 島外への発信に対して、佐渡島の内側での生活やコミュニケーションはいかがですか?

佐渡島って来るもの拒まずなところがあるんです。いろんな文化が流れてきて混ざりあっていて。だから私も特別気を遣われている感じはしません。それがすごくいいところだと思います。

私はPerchに泊まっているので、Perch併設のサウナに頻繁に来る農家のおじさんに仲良くしてもらったり。広めの島とはいえあくまで島なので、昨日カフェで会った人と偶然Perchで再会することもよくあります。ほんと不思議ですが、1度しか会っていないのに覚えていてくれるんですよね。

トキブルワリーとしても、佐渡の素材を生かしたビールを醸造したり、佐渡のデザイナーさんにビールのラベルを頼んだり、島の方と積極的に関わっています。

受け入れるという島民性が、私の居心地の良さにも繋がっていると思いますね。

———— 最後になりますが、多拠点生活や移住のためにADDressを検討している、高橋さんと同程度の年齢の方にメッセージを伝えるとしたらどうなりますか?

友達に聞かれて絶対に言うのは、「とりあえずやってみたら」ってことですね。やってみて人生ずっと後悔するような料金ではないじゃないですか。自分自身を変えたいと思ってADDressを考えているのだとしたら、絶対に変わるためのきっかけがあると思うんですよね。

▼トキブルワリーさんHP▼
https://t0ki.beer/

▼高橋ゆいさんSNS▼
https://www.instagram.com/_yuichan_gram_/

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なぜそれほど突然に移住を決断できたのだろう。インタビュー当初に抱いていたその疑問は、高橋さんの人生を伺うなかで薄れていきました。

地方創生への想いを大切にしよう。流されるままの生き方に変えてみよう。そうやって変革のため一歩を踏み出した矢先の、佐渡島での出会いということでした。

その出会いは、まるで高橋さんの一歩目を盛大に祝すかのよう。佐渡島の高く青い空に放たれた、一発の祝砲。身を震わせた衝撃音は島の空気にすぅっと溶け、その残響のなかで生き生きと暮らし働く高橋さんの姿が、目に見えるようです。

この記事を書いた人

佐伯 康太

25歳・神奈川県横浜市出身。 旅をしながら、作家・ライターと選書家を志して活動してます。 ADDressは、地域や日本のことを直に見て知らなければならないと考え、2021年9月より利用。道に迷っても「どこかには着くから」と地図を見たがらない困った癖があります。